相続税対策
2026年3月23日13分で読める4

家族信託を活用した相続・認知症対策:仕組みと節税効果を専門家が解説

田中 雅彦

家族信託を活用した相続・認知症対策:仕組みと節税効果を専門家が解説

# 家族信託を活用した相続・認知症対策:仕組みと節税効果

家族信託とは?富裕層のための資産管理・承継の選択肢

富裕層の皆様にとって、ご自身の築き上げた大切な資産を次世代へ円滑に承継し、またご自身の老後の生活を安心して送るための対策は喫緊の課題と言えるでしょう。特に、認知症による資産凍結リスクや、複雑化する相続問題への対応は、早期の検討が不可欠です。そこで注目されているのが「家族信託」です。家族信託は、ご自身の財産管理や承継に関する「想い」を、信頼できるご家族に託すことで実現する、柔軟性の高い財産管理手法です。

家族信託の定義と民事信託との関係

家族信託とは、財産を持つ方(委託者)が、ご自身の財産(不動産、預貯金、有価証券など)を信頼できるご家族(受託者)に託し、あらかじめ定めた目的に従って、特定の方(受益者)のためにその財産を管理・運用・処分してもらう仕組みです。これは、民法上の「信託」の一種であり、特に営利を目的としない家族間で行われる信託を指すため、「民事信託」とも呼ばれます。つまり、家族信託は民事信託の一種であり、より限定的な意味合いで使われる言葉と理解していただくと良いでしょう。

委託者・受託者・受益者の役割

家族信託には、主に以下の3つの登場人物がいます。

* 委託者: 財産を託す人。財産の所有者であり、信託契約の内容を決定します。通常、ご自身の老後や相続に備える親御様がこれに該当します。

* 受託者: 財産を託される人。委託者の意思に基づき、信託された財産を管理・運用・処分する義務を負います。信頼できるお子様やご親族が務めることが一般的です。

* 受益者: 信託された財産から利益を受ける人。委託者自身が受益者となるケースが多く、例えば、信託した不動産の賃料収入を受け取るなどが該当します。また、委託者の死後に受益者を指定することも可能です。

この仕組みにより、財産の所有権は「財産から利益を受ける権利(受益権)」と「財産を管理処分できる権利(管理処分権)」に分離され、管理処分権のみを受託者に移転することができます。これにより、委託者の判断能力が低下しても、受託者が滞りなく財産管理を継続できるのです。

高齢化と認知症問題:家族信託が注目される背景

現代社会において家族信託が注目される背景には、急速な高齢化とそれに伴う認知症患者の増加があります。厚生労働省の「令和5年 介護保険事業状況報告」によると、要介護認定を受けた65歳以上の約9割が75歳以上であり、年齢が上がるにつれて認知症の発症リスクも高まります [1]。

認知症が進行し、ご本人の判断能力が低下すると、銀行口座が凍結され、預貯金の引き出しや不動産の売却・賃貸契約などができなくなる「資産凍結」のリスクが生じます。これは、ご本人の生活費や介護費用、医療費の捻出に支障をきたすだけでなく、ご家族にとっても大きな負担となります。従来の成年後見制度では、家庭裁判所の監督下で財産管理が行われるため、柔軟な資産運用や積極的な相続税対策が難しいという課題がありました。家族信託は、このような成年後見制度の課題を補完し、より柔軟かつご家族の意向に沿った財産管理を可能にする手段として、富裕層の皆様から高い関心を集めています。

家族信託がもたらすメリット:認知症対策と柔軟な資産承継

家族信託は、財産管理と資産承継において多岐にわたるメリットを提供します。特に、富裕層の皆様が抱える特有の課題解決に有効です。

認知症による資産凍結リスクの回避

家族信託の最大のメリットの一つは、委託者が認知症などで判断能力を喪失した場合でも、信託された財産が凍結されることなく、受託者であるご家族が管理・運用を継続できる点です。例えば、親御様が認知症になった場合でも、お子様が受託者として、信託された預貯金から介護費用や医療費を支払ったり、信託された不動産を売却して施設入居費用を捻出したりすることが可能になります。これにより、ご本人の生活の質を維持しつつ、ご家族の負担も軽減されます。

柔軟な財産管理・運用と二次相続以降の指定

家族信託は、信託契約の内容を自由に設計できるため、非常に柔軟な財産管理・運用が可能です。収益不動産を所有している場合、委託者である親御様が高齢になり管理が難しくなっても、受託者であるお子様に管理を任せ、賃料収入は親御様が受け取るという形にできます。これにより、事業を中断することなく継続でき、親御様は安心して老後の生活を送ることができます。また、通常の遺言では指定できない二次相続以降の資産承継先まで「受益者連続型信託」として指定できるため、複数世代にわたる資産承継の計画を立てることが可能です。

不動産の共有問題の解消

複数の相続人が不動産を共有名義で相続した場合、その不動産の売却や賃貸には共有者全員の合意が必要となり、意見の対立などから「塩漬け」状態になるリスクがあります。家族信託を活用すれば、不動産の管理処分権を特定の受託者に集約させつつ、各共有者が受益権を持つ形にすることで、不動産の共有問題を解消できます。例えば、複数の兄弟で実家を相続する際に、長男を受託者とし、他の兄弟を受益者とすることで、長男が実家の管理・売却をスムーズに行い、売却益を兄弟で公平に分配するといった運用が可能です。

家族信託のデメリットと注意点:導入前に知るべきこと

多くのメリットがある家族信託ですが、導入を検討する際にはデメリットや注意点も十分に理解しておく必要があります。

税務上の直接的な節税効果は限定的

家族信託は、財産管理や資産承継の柔軟性を高める制度であり、直接的な相続税の節税効果は限定的です。信託を設定しても、信託された財産の所有権は実質的に受益者に帰属するとみなされるため、相続税評価額が直接的に減少することはありません。しかし、後述するように、家族信託を導入することで、生前贈与の継続や不動産の有効活用など、間接的な節税対策を講じやすくなるという側面はあります。

契約締結時の判断能力の必要性

家族信託契約は、委託者と受託者の間で締結される法律行為であるため、委託者には契約内容を理解し、その意思を表明できる「意思能力(判断能力)」が必須となります。残念ながら、すでに認知症が進行し、意思能力を喪失していると判断された場合は、家族信託を新たに契約することはできません。このため、家族信託は、ご自身の判断能力がしっかりしている「元気なうち」に検討・実行することが極めて重要です。

費用と手間、そして受託者の負担

家族信託の導入には、専門家への相談費用、信託契約書の作成費用、不動産を信託財産とする場合は登録免許税などの費用が発生します。一般的なケースでは、数十万円から数百万円程度の費用がかかることがあります。また、信託契約書の作成には専門的な知識が必要であり、ご家族だけで作成することは困難な場合が多いため、司法書士や弁護士などの専門家への依頼が不可欠です。受託者は、信託された財産を善良な管理者の注意義務をもって管理・運用する責任を負い、信託財産の分別管理や帳簿作成、受益者への報告などが義務付けられます。これらの費用と手間、受託者の負担を考慮し、ご自身の状況に合った選択をすることが重要です。

家族信託による相続税対策と具体的な活用事例

家族信託は直接的な節税効果は限定的であるものの、その柔軟な財産管理機能を通じて、間接的に相続税対策に繋がる可能性があります。ここでは、その考え方と具体的な活用事例をご紹介します。

節税効果の考え方(直接的な節税ではないが、間接的な効果)

家族信託自体が相続税を直接的に軽減する特例を持つわけではありません。しかし、信託契約によって財産管理が円滑になることで、以下のような間接的な節税対策を継続しやすくなります。

1. 生前贈与の継続: 委託者の判断能力が低下した後も、受託者が信託財産から受益者(例えばお子様やお孫様)への生前贈与を継続できる条項を設けることで、計画的な贈与による相続財産の圧縮が可能です。例えば、年間110万円の基礎控除を活用した暦年贈与を、委託者が認知症になった後も受託者が実行し続けることができます。

2. 不動産の有効活用: 信託された不動産を売却して収益性の高い別の不動産に買い替えたり、賃貸アパートを建設したりすることで、不動産の評価額を下げつつ、収益を最大化することが可能です。例えば、評価額の高い更地を信託し、受託者がその土地に賃貸アパートを建設した場合、貸家建付地として評価額が約20%程度(地域や条件による)減額される可能性があります。これにより、相続税評価額を効果的に引き下げることができます。

具体的な節税額の試算例:賃貸アパート建設による不動産評価額の引き下げ

ここでは、具体的な数字を用いて、家族信託が間接的に相続税対策に繋がる試算例をご紹介します。

事例: 資産家A氏(80歳)が評価額2億円の更地を長男B氏に信託し、B氏がその土地に建築費1億円で賃貸アパートを建設した場合を想定します。信託契約で「B氏はA氏の指示に基づき、信託された土地に賃貸アパートを建設し、その収益をA氏の生活費に充てる」と定めたとします。

長男B氏が信託された土地に賃貸アパートを建設した場合、その土地は「貸家建付地」として評価されます。貸家建付地の評価額は、更地評価額から借地権割合や借家権割合に応じて減額されます。仮に、借地権割合70%、借家権割合30%とすると、土地の評価額は以下のようになります。

2億円 × (1 - 0.7 × 0.3) = 2億円 × (1 - 0.21) = 2億円 × 0.79 = 1億5,800万円

この場合、土地の相続税評価額は2億円から1億5,800万円に4,200万円減額されます。仮に相続税率が30%とすると、この対策だけで約1,260万円(4,200万円 × 30%)の相続税負担軽減に繋がる可能性があります。さらに、アパート建設にかかった建築費1億円は、相続財産から債務控除されるため、これも相続税評価額の圧縮に寄与します。

このように、家族信託は直接的な節税効果ではなく、柔軟な財産管理を通じて、他の相続税対策(生前贈与、不動産の有効活用など)を円滑に実行するための「器」として機能することで、結果的に相続税負担の軽減に貢献するのです。

収益不動産の管理・承継事例

地方に複数の収益不動産を所有する富裕層C氏(75歳)は、ご自身の高齢化に伴い、不動産管理業務の負担が増大していました。また、将来的に認知症になった場合の管理継続にも不安を抱えていました。そこでC氏は、長女D氏を受託者として、所有する収益不動産を信託しました。信託契約では、D氏が不動産の賃貸管理、修繕手配、賃料回収など一切の管理業務を行い、得られた収益はC氏の生活費に充てることとしました。これにより、C氏は管理の煩わしさから解放され、D氏もC氏の判断能力低下後も滞りなく不動産管理を継続できるようになりました。さらに、信託契約にはC氏の死後、D氏が受益者となり、その後はD氏の子(C氏の孫)が受益者となる条項も盛り込まれ、複数世代にわたる円滑な不動産承継が実現しました。

障がいを持つ子への資産承継事例

知的障がいを持つ長男E氏(40歳)を持つ富裕層F氏(70歳)は、「親亡き後」の長男の生活が不安でした。長男E氏には財産管理能力がないため、多額の財産を直接承継させることには抵抗がありました。そこでF氏は、信頼できる次男G氏を受託者として、長男E氏の生活費に充てるための財産を信託しました。信託契約では、G氏が信託財産を管理し、毎月一定額をE氏の生活費として交付すること、また、E氏が病気になった際の医療費なども信託財産から支出することを定めました。さらに、E氏が亡くなった際には、残った信託財産の一部をE氏がお世話になった福祉施設に寄付し、残りをG氏が承継する旨も規定しました。これにより、F氏はご自身の死後も長男E氏の生活が保障され、かつ財産が有効に活用される仕組みを構築することができました。

よくある質問(FAQ)

Q1: 家族信託と民事信託の違いは何ですか?

A1: 家族信託と民事信託は、実質的に同じ意味で使われることが多い用語です。信託法には「家族信託」という明確な定義はありませんが、一般的に「民事信託」のうち、営利を目的とせず、家族や親族間で財産管理や資産承継を行う信託を「家族信託」と呼んでいます。つまり、家族信託は民事信託の一種であり、より限定的な意味合いで使われる言葉と理解していただくと良いでしょう。

Q2: 家族信託は認知症になってからでも契約できますか?

A2: 基本的に、認知症が進行し、ご自身の意思能力(判断能力)を喪失していると判断された場合は、家族信託を新たに契約することはできません。信託契約は法律行為であり、契約内容を理解し、自らの意思で締結する能力が委託者に求められるためです。ただし、認知症の初期段階で、医師の診断などにより意思能力があると認められる場合は、契約が可能なケースもあります。そのため、家族信託はご自身の判断能力がしっかりしている「元気なうち」に検討・実行することが非常に重要です。

Q3: 家族信託にかかる費用はどのくらいですか?

A3: 家族信託にかかる費用は、信託する財産の種類や規模、契約内容の複雑さによって大きく異なります。主な費用としては、専門家(司法書士、弁護士など)への相談・契約書作成費用、不動産を信託財産とする場合の登録免許税、公正証書作成費用などがあります。一般的な目安としては、数十万円から数百万円程度を想定しておくと良いでしょう。具体的な費用については、専門家にご相談の上、見積もりを取ることをお勧めします。

Q4: 家族信託で節税はできますか?

A4: 家族信託自体に、相続税や贈与税を直接的に軽減する特例はありません。信託された財産は、実質的に受益者の財産とみなされ、相続税の課税対象となります。しかし、家族信託を導入することで、生前贈与の計画的な継続や、不動産の有効活用(例:更地を賃貸アパートにすることで評価額を圧縮)など、他の相続税対策を円滑に実行するための「器」として機能し、結果的に相続税負担の軽減に繋がる可能性があります。例えば、前述の賃貸アパート建設の事例では、約1,260万円の相続税負担軽減効果が期待できます。

Q5: 家族信託の契約はどのように進めますか?

A5: 家族信託の契約は、一般的に以下のステップで進められます。

1. 相談・検討: まずは、ご自身の財産状況やご家族の状況、信託の目的などを整理し、専門家(司法書士、弁護士など)に相談します。専門家から家族信託の仕組みやメリット・デメリット、費用などについて説明を受け、導入の可否を検討します。

2. 契約内容の設計: 専門家と協力し、信託する財産、委託者・受託者・受益者、信託の目的、財産管理の方法、信託終了時の財産の帰属先など、具体的な契約内容を設計します。

3. 信託契約書の作成: 設計した内容に基づき、信託契約書を作成します。後々のトラブルを避けるためにも、公正証書として作成することが強く推奨されます。

4. 財産の移転手続き: 信託契約書が完成したら、信託財産を受託者名義に変更する手続きを行います。不動産の場合は、法務局で所有権移転登記を行います。

5. 信託の開始: 財産の移転手続きが完了すれば、家族信託が開始され、受託者による財産管理がスタートします。

これらの手続きは専門的な知識を要するため、信頼できる専門家と連携して進めることが成功の鍵となります。

参考文献

[1] 厚生労働省. 「令和5年 介護保険事業状況報告」. [https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/jigyo/index.html](https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/jigyo/index.html)

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